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東京地方裁判所 平成9年(ワ)16360号 判決 2000年5月31日

甲事件原告

腰越孝仁

被告

中村みち子

乙事件原告

腰越省一郎

ほか一名

被告

中村みち子

主文

一  被告は、原告孝仁に対し、金三三八六万八一八八円及び内金三〇七六万八一八八円に対する平成七年五月一三日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告孝仁のその余の請求並びに原告省一郎及び原告壽子の請求をいずれも棄却する。

三  訴訟費用は、原告孝仁と被告との間においては、原告孝仁に生じた全費用及び被告に生じた費用の三分の一につきこれを四分し、その一を被告の負担、その三を原告孝仁の負担とし、原告省一郎及び原告壽子と被告との間においては、原告省一郎及び原告壽子に生じた全費用及び被告に生じた費用の三分の二を原告省一郎及び原告壽子の負担とする。

四  この判決は、原告孝仁の勝訴部分に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一請求

一  被告は、原告孝仁に対し、金一億四一四六万六〇〇〇円及び内金一億三七九六万六〇〇〇円に対する平成七年五月一三日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  被告は、原告省一郎に対し、金二〇〇万円及びこれに対する平成七年五月一三日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

三  被告は、原告壽子に対し、金二〇〇万円及びこれに対する平成七年五月一三日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

本件は、信号機の設置された交差点において、右折しようとした原動機付自転車と、対向車線を直進してきた普通乗用自動車が衝突し、原動機付自転車に乗っていた大学生が右大腿骨骨折、大腿動脈損傷等の負傷をして結果的に右足を切断するに至った交通事故について、この大学生とその両親が、自動車損害賠償保障法(自賠法)三条に基づき、普通乗用自動車の運転者に対し、損害賠償金の支払を求めた事案である。

一  前提となる事実

1  事故の発生

次の交通事故(以下「本件事故」という。)が発生した(争いがない)。

(一) 発生日時 平成七年五月一二日午前一〇時〇五分ころ

(二) 事故現場 千葉県市原市潤井戸一四七八番地先の信号機の設置された交差点(以下「本件交差点」という。)

(三) 事故車両 原告孝仁(昭和五一年六月四日生、甲一)が運転していた原動機付自転車(市原市さ六七五二、以下「原告車両」という。)と、被告が所有し、運転していた普通乗用自動車(袖ヶ浦五六め八五七八、以下「被告車両」という。)

(四) 事故態様 本件交差点を右折しようとした原告車両と、対向して直進してきた被告車両が衝突した。

2  責任原因

被告は、被告車両を保有し、自己のために運行の用に供していたから、自賠法三条に基づき、原告に生じた後記損害を賠償する責任がある。

3  原告孝仁の治療経過及び後遺障害の認定

(一) 治療経過

原告孝仁は、本件事故により、右大腿骨骨折、大腿動脈損傷及び顔面挫創等の傷害を負い、千葉労災病院に次のとおり入通院し、右足大腿部を三分の二程度残し、足先までの部分を切断した(甲二、四の1ないし3、二五、乙三の6)。

入院 平成七年五月一二日から同年一〇月二四日(合計一五六日)

通院 平成七年一〇月一七日から平成八年三月五日(実日数八日)

(二) 後遺障害の認定

原告孝仁は、右の治療の結果、平成八年三月五日に症状が固定し、自動車保険料率算定会において、右足下腿の切断が自賠法施行令二条別表の後遺障害等級第四級五号の「一下肢をひざ関節以上で失ったもの」に該当する旨の診断を受けた(自賠責保険から後遺障害等級第四級の認定を受けたことは争いがないが、その余は弁論全趣旨)。

4  当事者

原告省一郎及び原告壽子は、原告孝仁の父及び母である(争いがない)。

5  既払金

原告孝仁は、自賠責保険から、二〇一〇万円の支払を受けた(争いがない)。

二  争点

1  過失相殺

(一) 本件事故の態様

(1) 原告らの主張

原告孝仁は、原告車両を運転し、本件交差点を右折しようとして、対面信号の青色表示に従って本件交差点に進入した。そして、交差点内で一時停止し、対面信号が黄色に変わった後に右折を開始した。そこへ、対向車線上を時速八二キロメートルで本件交差点内に進入し直進してきた被告車両と衝突した。

(2) 被告の主張

被告は、被告車両を運転し、時速六〇キロメートルを越えない速度で走行し、対面信号の青色表示を確認して本件交差点に進入し直進しようとしたところ、対向車線から進行してきた原告車両が、減速をすることなく本件交差点に進入し、かつ、交差点中央まで寄らないで早回り右折してきたため、急制動をかけたが間に合わず、原告車両に衝突した。

(二) 過失割合

(1) 被告の主張

原告孝仁は、本件交差点において、直進してくる被告車両の進行を妨げてはならない注意義務があるのに、これを怠り、徐行をすることなく本件交差点に進入し、被告車両が通常の速度で本件交差点に進入する付近まで進行してきているのに、交差点の中心付近まで進行しないまま右折を開始し、被告車両の進路を妨げて本件事故を発生させた過失がある。そして、原告孝仁のこの過失割合は九〇パーセントを下らない。

(2) 原告らの主張

本件事故は被告の全面的過失によって生じたものであり、原告孝仁には過失はない。

2  原告らの損害(当事者の各主張は、各損害費目内で記載したとおりである。)

第三争点に対する判断

一  過失相殺(争点1)

1  本件事故の態様

(一) 認定事実

前提となる事実及び証拠(甲二五[一部]、乙一の1ないし3[一の2は一部]、二の5・6、三の7・8[三の7は一部]、六、七、一一、原告孝仁本人[一部]、被告本人)によれば、次の事実が認められる。

(1) 事故現場である本件交差点は、市原市草刈方面(北方向)と市原市神崎方面(南方向)とを結ぶ道路(以下「南北道路」という。)と、市原市下野方面(東方向)と市原市久々津方面(西方向)とを結ぶ道路(東西道路)が交差する、非市街地の信号機の設置された交差点である。南北道路と東西道路は、いずれも本件交差点付近では直線道路であるが、南北道路は、南側がやや西寄りに、北側がやや東寄りに傾いた形で東西道路と交差している。南北道路は幅員約一五メートルの平坦な舗装道路であり、片側は二車線で、本件交差点手前において別に右折レーンが設けられている。東西道路は、片側一車線で、幅員約六メートルの平坦な舗装道路である。なお、本件交差点には横断歩道が設置されており、以上の概況は、別紙交通事故現場見取図のとおりである。

東西道路は最高速度が時速五〇キロメートルに制限されており、東西道路は、東西いずれの方向から進行してきても見通しは良好である。

(2) 被告は、平成七年五月一二日午前一〇時〇五分ころ、被告車両を運転し、東西道路を市原市下野方面から市原市久々津方面に向かい、時速約六〇キロメートルで走行した。そして、本件交差点の手前約一七、八メートルほどの地点で対面信号が青色であることを確認し、そのままの速度で本件交差点に進入した。なお、被告が走行してきた車線の幅員は三・三メートルで、被告車両は、車線中央よりやや中央車線寄りを走行してきた。

他方、原告孝仁は、原告車両を運転し、東西道路を市原市久々津方面から時速約三五キロメートルで進行し、市原市神崎方面に右折するため、本件交差点の手前において道路の中央線側に寄り、右折ウィンカーを点滅させた。原告孝仁は、その際、本件交差点の向こう側(市原市下野方面)に対向車線を走行してくる被告車両を確認したが、対面信号の青色に従って本件交差点に進入し、本件交差点中央部付近より手前(市原市久々津寄り)の地点で右折を開始した。

(3) 被告は、本件交差点内の東側横断歩道を越えた付近において、前方に右折ウィンカーを点滅させている原告車両を発見し、急ブレーキをかけてハンドルをやや左に切ったものの、間に合わずに衝突し、被告車両が走行してきた車線の延長上で、かつ、本件交差点の中央付近よりも市原市久々津寄りの地点において、原告車両の前部が被告車両の右前部に衝突した。その結果、原告孝仁は、衝突地点から約一六メートル西側の道路上に転倒し、原告車両は衝突地点から約二〇メートル西側に転倒した。

(二) 認定事実に反する主張及び証拠の検討

(1) この認定事実に対し、原告孝仁は、本人尋問において、本件交差点に進入した後、対向車線を直進してくる車両が存在したので交差点内で一時停止したが、信号が青色から黄色に変わってしまったため、対向車が停止するであろうと考えて右折を開始したところ衝突したと供述し、原告孝仁作成の陳述書(甲二五)の内容も同趣旨である。

しかし、原告孝仁の供述内容は、例えば、一時停止したと思うとか、一時停止したとか供述したり、一時停止したのに、被告車両を確認したかはわからないと供述するなど、あいまいである。また、右の供述内容と衝突地点を総合すれば、原告車両は、被告車両の位置がまだ先にあるときに一時停止しながら、被告車両がすぐ近くまで接近しているのに右折を開始し、発進した途端に被告車両の前部に衝突したと考えられるが、行動として不合理であることは否定できない。加えて、原告孝仁は、自ら立ち合った実況見分及び警察官による取調べにおいて、交差点内で一時停止したことや、信号が青色から黄色に変わったことを全く供述していない(乙一の3、三の8)ことと対比すると、原告孝仁の供述及びこれに沿う陳述書の内容は採用できない。

もっとも、原告らは、実況見分においては、警察官が勝手に道路に印を付けて行い、取調べにおいても、供述調書の内容を一方的に作成し、指印をするように威迫して迫ったと主張し、原告孝仁作成の陳述書(甲二五)の内容は、おおむねこれに沿うものである。たしかに、原告孝仁が、実況見分の立会いや供述調書の作成の約二週間ほど前には、自動車保険料率算定会に対し、事故の状況についてほとんど覚えていない旨の回答を提出していることからすると(乙一の3、二の3の1、三の8)、実況見分や取調べは、警察官が、被告の供述等を踏まえながら、それを確認するような視点で種々の質問をし、原告孝仁がこれに回答するといった形式で行われた可能性は十分に考えられるところである。しかし、原告孝仁作成の陳述書(甲二五)においても、本件交差点内で一時停止したとか、信号が青色から黄色に変わったことについて指示説明や供述をしたとまでは記載されておらず、原告孝仁自身、本人尋問において、原告孝仁が立ち合った実況見分調書(乙一の3)に記載された指示説明の内容は、概ね自ら説明したとおりの内容であると供述しているほどであるから、実況見分調書や供述調書の内容が、警察官により一方的に作成されたものであるとはいえない。したがって、原告孝仁の陳述書のうち、実況見分の指示説明や供述調書の内容を警察官に一方的に作成されたとの部分は信用できず、ひいては、これを前提とする原告らの主張は採用できない。

(2) 原告らは、原告車両と被告車両の衝突地点は交差点中央付近であったと主張する。

しかし、警察官は、ガラス片が散乱していた地点を衝突地点と判断している上(乙一の1)、右折をしようとした原告孝仁が、本人尋問において、本件交差点に進入して数メートルの地点に一時停止したと供述していることを総合すると、仮に、被告車両の進行方向(西側)への慣性力が働いてガラス片が散乱したとしても、衝突地点が本件交差点の中央付近であるとまでは認めるに足りない。

(3) 原告らは、被告車両の速度が時速八二キロメートルであったと主張し、それに沿う証拠として、原告省一郎作成の陳述書(甲一六)及び原告省一郎本人尋問の結果がある。

しかし、これらの証拠は、原告省一郎が計算上導き出したものであり、摩擦係数などの前提の数字によって相当程度の差異があり得るものであるから、これのみでは、(一)の認定事実を覆すには足りない。

(4) 他方、被告立会いの実況見分調書(乙一の2)の指示説明部分及び被告の警察官に対する供述調書(乙三の7)のうち、被告の本人尋問における供述内容に反する部分も採用できない。

2  過失相殺

1(一)の認定事実によれば、被告は、本件交差点に進入するに際しては、前方を注視して右折車両等に特に注意し、かつ、できる限り安全な速度と方法で進行する注意義務があるのに(道路交通法三六条四項)、これを怠り、道路中央線に寄って右折ウインカーを点滅させて本件交差点に対向して進入して来た原告車両が存在したのに、制限速度を時速約一〇キロメートル超過した速度のまま本件交差点に進入し、その後に初めて原告車両を発見したため、制動及びハンドルの転回等の回避措置が遅れ、本件事故を発生させた過失がある。

他方、原告孝仁は、本件交差点を右折するのであるから、あらかじめできる限り走行車線の右側端に寄り、かつ、交差点の中心の内側を徐行して回り、さらには、前方を注視し、必要な場合は一時停止するなど、直進して来る被告車両の進行を妨害しないように進行する注意義務があった(道路交通法三四条、三七条)。ところが、原告孝仁は、これを怠り、あらかじめ走行車線の右側端に寄ったものの、被告車両が直進して来ることに気が付きながら、その後は右折方向に気を取られて被告車両の進行状況を十分確認することなく、かつ、交差点の中央付近より手前で右折を開始して被告車両の進行を妨害し、本件事故を発生させた過失がある。

なお、原告らは、被告車両が道路左端を走行しなかったことも被告の過失の内容として考慮されるべきであると主張するが、被告車両が走行してきた車線の幅員が三・三メートルであることと、本件事故の態様を総合すると、この中でやや中央寄りに走行してきたことは、過失として考慮するほどの事情とはいえない。

右の過失の内容、本件事故の態様を総合すると、原告孝仁と被告の過失割合は、いずれも五〇パーセントとするのが相当である。

二  原告らの損害額(争点2)

1  原告孝仁の損害額

(一) 治療費(原告孝仁主張額一一九万三六六〇円) 一一九万三六六〇円

原告孝仁は、千葉労災病院の治療費として、一一九万三六六〇円を負担した(甲四の1ないし3)。

(二) 看護料

(1) 入院中の付添看護料(原告孝仁主張額六〇万円) 四五万〇〇〇〇円

証拠(甲六の2、二三、原告孝仁本人)によれば、原告孝仁は、本件事故直後に千葉労災病院に搬送され、まず動脈接合手術を受けたこと、集中治療室から一般病室に移った後は高圧の酸素室に入るなどの処置が行われたこと、これにより、排便介添え、カテーテルの詰まり除去、体拭き、着替えの交換、食事の介添え等の必要が生じ、看護婦による看護のみでは不十分であったこと、大腿部が壊死するに伴って高熱が続いたことがあったこと、その結果、平成七年六月五日に右大腿部切断手術を受けたこと、原告壽子は、同年五月一二日から同年八月一九日までの一〇〇日間について、原告孝仁の付添看護を行ったことが認められる。

入院中の付添看護については、医師がその必要性を認めたと認めるに足りる証拠はないものの、右の認定事実によれば、原告孝仁に対し、一〇〇日間は近親者の付添看護が必要であったと認められる。そして、医師の指示があったとは認めるに足りないこと、付添看護の内容に照らせば、一日あたり四五〇〇円を認めるのが相当であるから、原告孝仁の入院中の付添看護費用としては、一日あたり四五〇〇円の一〇〇日分で四五万円となる。

(2) 退院後の付添看護料(原告孝仁主張額三五万七五〇〇円) 二一万四五〇〇円

原告壽子は、原告孝仁の退院後も、自宅において、平成七年一〇月一五日から平成八年三月五日まで一四三日間、汁物などの食事の運搬、布団の上げ下げ、入浴の際、またぐ場所があるときの介助などの付添看護をした(甲六の1)。

原告孝仁は、右足を切断するに至ったから、退院後は、日常生活に慣れるため、近親者のある程度の介助は必要であるということができる。他方、原告孝仁は、平成七年七月下旬から、すでに義足を付けて練習をしていたこと(甲九の4)、大腿部から足を失ったという身体状況、通院頻度が少ないことに照らしても、平成八年三月五日の症状固定時の状態と、退院後の状態がそれほど異なるとは思われないこと、原告壽子の右付添看護の内容は、家族であれば、通常行う手伝いの程度とさほど変わりはないことなどの事情をも考慮し、一日あたり一五〇〇円の一四三日分で二一万四五〇〇円の限度で認める。

(三) 入院雑費(原告孝仁主張額二〇万二八〇〇円) 二〇万二八〇〇円

入院雑費としては、一日あたり一三〇〇円の入院日数一五六日分で二〇万二八〇〇円を認めるのが相当である。

(四) 通院交通費(原告孝仁主張額二万七五四〇円) 二万七五四〇円

原告孝仁は、地下鉄、JR線の電車、バスを乗り継いで千葉労災病院に通院し、片道合計一六二〇円を負担した(原告孝仁本人)。

原告孝仁は、合計八日間通院したので、千葉労災病院を退院した際の片道分を含め、通院交通費としては、一日あたり三二四〇円の八・五日分で二万七五四〇円を認める。

(五) 付添交通費(原告孝仁主張額九万円) 九万〇〇〇〇円

原告壽子は、原告孝仁の入院中の付添看護のため、JR線の電車、バスを乗り継いで通院し、一日あたり往復九〇〇円を負担した(原告孝仁本人)。そして、原告壽子は、一〇〇日間にわたり、原告孝仁の付添看護を行ったので、そのための交通費としては、一日あたり九〇〇円の一〇〇日分で九万円を認める。

(六) 滞在宿泊費(原告孝仁主張額一二万六〇〇〇円) 八万二〇〇〇円

原告孝仁は、本件事故当時賃借していた千葉県市原市内のアパートは、本件事故の日から必要でなくなったのに、原告壽子が原告孝仁の付添看護のために通院するのに、賃貸借契約を三か月継続する必要があったとして、一か月の家賃が四万二〇〇〇円であり、三か月分で一二万六〇〇〇円の損害を被ったと主張する。

証拠(甲五、原告孝仁本人)によれば、原告孝仁は、本件事故当時、千葉県市原市内のアパートに居住し、原告壽子は、原告省一郎とともに栃木県小山市内に居住していたこと、原告壽子は、原告孝仁が居住していた右アパートに臨時に居住し、原告孝仁の付添看護のために千葉労災病院に通院していたこと、このアパートの家賃は四万一〇〇〇円であり、原告孝仁は、少なくとも平成七年八月分までは家賃を支払っていたことが認められる。

この認定事実及び既に認定した事実を総合すれば、原告孝仁は、平成七年六月五日に大腿部骨折の手術を受けたから、少なくとも、このころには、将来再び賃借する際の敷金や礼金といった諸費用を考慮しても、住宅費としては、アパートを継続して賃借し続けるより、契約を解約した方が有利であるということができる。したがって、この時点では、アパートを使用する必要がなくなったということができるから、通常、家賃は翌月分を先払いすることが多く、少なくとも、そうでないと認めるに足りる証拠はないことを考慮すれば、原告孝仁は、同年七月分以降は、アパートを解約して家賃を支払わない方法を選択することができたというべきである。ところが、原告壽子は、原告孝仁の付添看護をするため、右アパートに居住する必要が生じたのであるから、本件事故と相当因果関係のある滞在宿泊費としては、同年七月及び八月分の二か月分である八万二〇〇〇円の限度で認めるのが相当である。

(七) 義足等購入費

(1) 購入済みの分(原告孝仁主張額一三六万二七六七円) 一三六万二七六四円

原告孝仁は、仮義足、本義足及び歩行杖の購入費用として合計一三六万二七六四円を負担した(甲九の1ないし4、原告孝仁本人)。

(2) 将来分(原告孝仁主張額一〇七三万四八四八円) 三〇九万五四四六円

原告孝仁は、生涯にわたり二年半毎に義足を購入する必要があり、一足あたり七一万三五一六円で今後二三足を必要とすると主張する(ただし、計算式は、新ホフマン方式により中間利息を控除し、七一万三五一六円に、新ホフマン方式による二三年間の係数一五・〇四五を乗じており、二三年間にわたって毎年七一万三五一六円を負担する内容となっていて、右主張と合致しない。)。

ところで、原告孝仁は、平成八年一一月二八日ころ、義足を七一万三五一六円で購入し、途中修理をした上で、平成一一年一二月二二日現在も使用している(甲九の1・2、原告孝仁本人)。

この事実によれば、原告孝仁は、少なくとも四年間に一回は新たに義足を購入する必要があるということができる。そして、原告孝仁は、症状固定当時一九歳であり、平成八年簡易生命表によれば、当時一九歳の男性の平均余命は五八・六七歳であったから(当裁判所に顕著な事実)、原告孝仁は、七七歳までの間に、合計一四回義足を購入する必要があると認められる。したがって、これらを前提に、ライプニッツ方式により中間利息を控除し、将来の義足購入費を算定すると、三〇九万五四四六円(一円未満切り捨て)となる。

(計算式)

713,516×(0.8227+0.6768+0.5568+0.4581+0.3769+0.3101+0.2551+0.2099+0.1727+0.1420+0.1169+0.0961+0.0791+0.0651)=3,095,446

なお、義足は二年から三年に一度交換する必要があるとする証拠(甲二〇)があるが、右に認定した事実(原告孝仁が、三年を経過しても、まだ同じ義足を使用していること)と対比して直ちには採用できない。

(八) 医師への謝礼(原告孝仁主張額一五万円) 一五万〇〇〇〇円

原告孝仁は、医師三名に対し、謝礼として一人五万円ずつの合計一五万円を支払った(原告孝仁本人)。

原告考仁の負傷内容及び入通院の経過に照らすと、右の謝礼は、社会通念上相当な範囲内の金額といえるから、本件事故と相当因果関係がある。

(九) 休業損害(原告孝仁主張額九〇万一四八五円) 四九万八七八〇円

(1) 原告孝仁の主張

原告孝仁は、平成七年四月二五日から五月一一日までに、アルバイトにより五万一二六〇円の収入を得ていたから、本件事故に遭わなければ、一日あたり三〇一五円の、本件事故発生日から症状固定時までの二九九日間について、これを下らないアルバイト収入を得ることができたと主張する。

(2) 裁判所の判断

原告孝仁は、平成七年四月に帝京平成大学に入学し、同月二五日から、株式会社NA―MUにおいてアルバイト情報誌の編集作業を行うアルバイトをし、同年五月一一日までの一七日間に四万七一二〇円(交通費を除く)の収入を得た(甲八の1ないし5、原告孝仁本人)。

この事実によれば、原告孝仁は、アルバイトにより、一日あたり二七七一円(一円未満切り捨て)の収入を得ていたことになる。原告孝仁は大学生であり、本件事故当時は、まだ、右のアルバイトを開始して間もない時期ではあったから、本件事故に遭わなかったとしても、このアルバイトをどの程度継続したか否かは必ずしも明らかでないが、他方で、入学後まもなくの時期から右のアルバイトに就いていることからすると、仮に、このアルバイトを辞めたとしても、その他のアルバイトに就く可能性も十分考えられるから、アルバイトに就いてない期間もあり得ることや、職種が変わったときに、右の金額を維持できるか否かなど不確定要素も多いこと、症状固定時までの期間(二九九日)などの事情を総合考慮し、休業損害としては、一日あたり二七七一円の六か月間(一八〇日)分として四九万八七八〇円の限度で認めるのが相当であり、症状固定時までにこれ以上のアルバイト収入を得ることができたと認めるには足りない。

(一〇) 逸失利益(原告孝仁主張額一億一〇八五万円) 七二八五万七七八六円

(1) 労働能力喪失率について

証拠(甲二五、原告省一郎本人、原告孝仁本人)によれば、原告孝仁は、平成一〇年九月ころに渡米し、米国のアイダホ大学に通学し、一般のアパートで一人で生活していること、卒業後は、米国で会計の仕事に従事したいとの希望を有していること、日常生活では、自動車を運転することはでき、片足でこぐ必要はあるものの自転車にも乗ることができること、例えば、信号の変わり目など早く移動しなければならない場合や、汗をかいたときに義足をはずして足を拭くなどの場所を探さなければならない場合、階段を上らねばならない場合などに不便を感じることが認められる。

この事実によれば、原告孝仁は、ハンディはあるものの、比較的問題なく日常生活を送ることができるといえるが、他方で、片足が義足であることは、労働、特に就職の際において大きな障害になることは否定できず、また、仮に、就職したとしても、移動自体に不便があるなど日常的な支障もあることから、事務職であっても相当程度本人の努力によってカバーせざるを得ない面も否定できない。そして、原告孝仁の後遺障害の内容及びその程度(自賠法施行令二条別表の第四級五号に該当すること)をも併せて考えると、原告孝仁は、症状固定時である一九歳から六七歳まで平均して七〇パーセントの労働能力を失ったとするのが相当である。

原告孝仁は、労働能力喪失率を九二パーセントと主張するが、右に認定した事情と対比すると直ちには採用できない。

(2) 逸失利益の算定について

原告孝仁は、本件事故に遭わなければ、平成一一年四月(二二歳)から就労することができ、六七歳までの間に、少なくとも平均して原告が主張する年間六七七万八九〇〇円を下らない収入(平成八年賃金センサス第一巻第一表企業規模計・産業計・大卒男子労働者の平均賃金である年間六八〇万九六〇〇円を下回らない額)を得ることができたということができる。これと(1)の労働能力喪失率を前提に、ライプニッツ方式により年五分の割合による中間利息を控除して(係数は、一九歳から六七歳までの四八年の係数である一八・〇七七一から、一九歳から二二歳までの三年の係数である二・七二三二を差し引いた一五・三五三九となる。)原告孝仁の逸失利益を算定すると、七二八五万七七八六円(一円未満切り捨て)となる。

6,778,900×0.7×15.3539=72,857,786

(二) 自動車運転免許取得増額経費(原告孝仁主張額二二万五〇〇〇円) 認められない

原告孝仁は、自動車運転免許を取得する費用について、健常者は通常四五万円を要するところ、左足でしかアクセルを踏むことができないハンディがあるから、少なくとも健常者の一・五倍の費用である六七万五〇〇〇円を要するとして、差額である二二万五〇〇〇円を本件事故に基づく損害として主張し、料金体系や健常者が通常必要とする費用については、それに沿う証拠(甲一二の1ないし3)がある。

しかし、原告孝仁は、本人尋問において、三〇万円前後で普通免許を取得したと供述しているから、原告孝仁の主張は理由がない。

(一二) 自家用自動車改造費(原告孝仁主張額五一万三四〇〇円) 一〇万〇〇〇〇円

原告孝仁は、免許証に左足アクセル改造限定がつくため、一台あたり改造費として一〇万円を要し、生涯で少なくとも六台の車を買い換えるので、その度に右の改造費を必要とすると主張する(ただし、計算式は、一〇万円の改造費を基礎に、新ホフマン方式により六年間の中間利息を控除し、その係数である五・一三四を乗じて算出しており、六年間にわたって毎年一〇万円の改造を必要とする旨の内容となっていて右主張に合致しない。)。

原告孝仁は、運転免許を取得した当初、左足アクセルの限定が付されていたため、平成八年一一月に自家用車を左足アクセルに改造して一〇万円を負担したが、その後、左足アクセルの限定が付されなくなり、現在は、米国において、ブレーキペダルの右側にアクセルのある通常の自動車を運転し、将来、自動車の改造費を負担する必要はなくなっている(甲一〇、原告孝仁本人、弁論の全趣旨)。

したがって、自家用自動車改造費としては、すでに改造により負担した一〇万円の限度で認める。

(一三) 家屋改造費(原告孝仁主張額六四八万九〇〇〇円) 認められない

(1) 原告孝仁の主張

原告孝仁は、原告省一郎が福島県内に所有する二階建ての自宅に将来居住する蓋然性があり、自動壁付き昇降機、手すりの設置や段差解消等の家屋改造工事をする必要があるので、これには六四八万九〇〇〇円を要し、仮に、福島県内の自宅に居住しなくても、居住する家屋の改造はある程度必要であると主張する。

(2) 裁判所の判断

証拠(原告省一郎本人、原告孝仁本人)及び弁論の全趣旨によれば、原告省一郎(昭和二六年八月一九日生)は、平成六年に福島県内に二階建ての自宅(以下「本件建物」という。)を建築してこれを所有していること、日本たばこ産業株式会社に勤務し、これまで各所に転勤しており、現在も東京都品川区内の社宅に居住していること、日本たばこ産業株式会社は六〇歳を定年としており、原告省一郎は、定年後は本件建物に居住する予定であること、現在もそこに居住することを希望しているが、希望がかなうか否かは不明であること、原告孝仁は、足がむれるので、帰宅すると義足を脱いで生活すること、片足で飛ぶように歩くため、床が痛んだり、階下への騒音の原因になるなどの問題があるほか、階上に上がることが困難であったり、段差がじゃまになるなどの支障があること、米国では一般のアパートに改造を施さずに居住していること、原告孝仁にとって、居住する家屋には、階段の手すりやリフトが設置されていたり、床が片足で歩く加重に耐えられる程度で丈夫で防音装置が設置されているなどの設備がなされていればより良いこと、原告孝仁は、日本企業の米国支社や米国の日系企業への就職を最も希望していることが認められる。

この事実及び既に認定した事実によれば、原告孝仁は、本件建物に居住することになるか明らかでないから、少なくとも、本件建物に居住することを前提にしたこの建物の改造費は、本件事故と相当因果関係があるということはできない。もっとも、屋内では義足をはずす必要がある以上、家屋によっては、ある程度の改造が必要となる可能性もあり、また、新築の際にも、それに配慮した設備をする必要があることが考えられる。しかし、これは、家屋によって必要な費用が異なるから、金額を特定することはできない。

したがって、この点は、慰謝料で考慮する。

(一四) 大学入学金及び授業料(原告孝仁主張額一四三万六〇〇〇円) 一四一万一一〇〇円

(1) 原告孝仁の主張

原告孝仁は、本件事故当時帝京平成大学一年生であり、すでに入学金、授業料、施設使用料として合計一四三万六〇〇〇円を支払っていたが、本件事故により、帝京平成大学を退学し、平成八年五月からヒューロン国際大学東京校に再入学したため、帝京平成大学に支払った一四三万六〇〇〇円が無駄になり、同額の損害を被ったと主張する。

(2) 裁判所の判断

証拠(甲七の1・2、一九、乙一二、一三、原告孝仁本人)によれば、原告孝仁は、本件事故当時帝京平成大学一年生であり、すでに入学金、授業料、施設使用料として合計一四三万六〇〇〇円を支払っていたこと、本件事故後帝京平成大学を退学して、平成八年五月から新宿区上落合に所在するヒューロン国際大学東京校に入学し、入学金、授業料、設備費として合計一四一万一一〇〇円を支払ったこと、ヒューロン国際大学に入学したのは、この当時、原告孝仁は、原告省一郎が勤務する会社の東京都足立区千住所在の社宅に原告省一郎らと同居したため、千葉県市原市所在の帝京平成大学までが遠くなったことや、右足を失うハンディを負ったため、将来事務職に就くには語学が必要であると考えたことが理由となっていること、足立区の北千住から平成帝京大学までは、ハンディのない者が通学するとしても、一時間三〇分ほどはかかることが認められる。

この事実によれば、ヒューロン国際大学は、北千住からごく近いとはいえず、やはりある程度の通学上の困難を伴うことは否定できないと思われるから、この点は、平成帝京大学の場合と相対的な違いにすぎないともいえる。しかし、片足を失ったことは、今後の就職や労働などにおいて、小さからぬ支障となり得ることもまた否定できず、原告孝仁が、今後帝京平成大学に通学するとすれば、その後遺障害の内容からして、一時間三〇分以上の時間を要することが容易に推測できることを併せて考えると、通学時間が長いことを契機として、今後の就職等のために語学を学びやすい外国の大学に入学し直すことは、本件事故による後遺障害の結果としては、やむを得ないというべきである。

したがって、原告孝仁が、ヒューロン国際大学に支払った一四一万一一〇〇円は本件事故と相当因果関係がある。なお、原告が主張する平成帝京大学に支払った一四三万六〇〇〇円は、本件事故がなくても支払ったものであるから、本件事故と相当因果関係がない(そもそも条件関係がない。)。

(一五) 慰謝料(原告孝仁主張額二二八〇万六〇〇〇円) 二〇〇〇万〇〇〇〇円

原告孝仁の負傷内容、入通院の経過、残存した後遺障害の内容及び程度、将来、家屋の改造をある程度行う必要が生じる可能性があることなどの一切の事情を総合すれば、原告孝仁の慰謝料としては、二〇〇〇万円(入通院分三〇〇万円、後遺障害分一五五〇万円、その他一五〇万円)を相当と認める。

(一六) 過失相殺及び損害のてん補

(一) ないし(一五)の損害総額一億〇一七三万六三七六円から、原告孝仁の過失割合である五〇パーセントに相当する金額を控除すると、五〇八六万八一八八円となる。

この金額から、原告孝仁が損害のてん補を受けた自賠責保険金二〇一〇万円を差し引くと、三〇七六万八一八八円となる。

(一七) 弁護士費用(原告孝仁主張額三五〇万円) 三一〇万円

審理の経過、認容額などの事情に照らすと、本件事故と相当因果関係の認められる弁護士費用としては、三一〇万円を相当と認める。

2  原告省一郎及び原告壽子の損害

原告省一郎及び原告壽子の慰謝料(原告省一郎及び原告壽子主張額各二〇〇万円) 認められない

証拠(甲二三、原告省一郎本人)によれば、原告らは、原告孝仁の右足が切断に至ったことに衝撃を受け、この右足の骨を自宅に預かっていること、原告孝仁の今後の将来について、非常に不安を感じていることが認められる。この事実に、既に認定した原告孝仁の治療経過、後遺障害の内容及び程度を総合すれば、両親である原告省一郎及び原告壽子の心痛は理解できるところである。しかし、他方、原告孝仁は、身体のハンディはあるものの、現在米国において一人で生活しており、身の回りの用も足せないなどの状態にあるわけではなく、原告省一郎及び原告壽子の被った精神的苦痛は、子の生命を失った場合と同程度にはなお至らないというべきであるから、原告省一郎及び原告壽子の固有の慰謝料を認めることはできない。

第四結論

以上によれば、原告孝仁の請求は、不法行為に基づく損害金として三三八六万八一八八円と、内金三〇七六万八一八八円(右損害金から弁護士費用を除いた額)に対する平成七年五月一三日(原告が主張する、不法行為の日の翌日)から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金を求める限度で理由があり、原告省一郎及び原告壽子の請求はいずれも理由がない。

(裁判官 山崎秀尚)

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